【超絶朗報】ビグスビーの極め方、教えます。「承」編
恋は盲目といいますが、恋に限らず、追うときは常に目に見える輝かしいものしか見えないものです。
恋を叶えたとき、あるいは夢が実現したとき、視界は開き、現実がありありと迫りくるものです。
よく憧れの対象をアイドルと言いますが、idolの訳には-偶像-という意味があります。
そして思うのです、人が追い求める輝きとは、輝きのみが本質で、そこには「実」が無いのではないかと
※私はアイドルやその他を批判するつもりはないです。むしろ、批判とは逆の思いである故にビグスビーが愛おしいのです
それでは本編
2.現実から目を背ける
私はバイクを愛している。
GN125が私の相棒だ。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/スズキ・GN125
このバイクは、バイクの歴史の中ではかなり伝統的-レガシー-なモノで、その歴史の長さ、構造のシンプルさから、多くの類似品、コピーモデルを生み出した。
そんなレガシーなバイクは冬になると途端にエンジンがかかりづらくなる。
バイク乗りなら皆行うが、冬の走り出しには暖気が必要となる。
バイクというレガシーと生きるということはこういうことである。
車社会における、ましてや冬におけるバイクの存在意義について、考えたとき、その存在を肯定するのはライダーの情熱だけなのかもしれない。
レガシーといえば、ビグスビー。
レガシーにある、その原始的な性質を肯定してどこまで愛せるか。そんなことを試されているような気がしてならない。
チューニングの狂いを受け止めて、初めてビグスビーを真に愛せると気づいたとき、私は一つ大人になれた気がする。
そして、ビグスビーを開発したのは、「バイク屋」だったと聞く。
数奇な運命に真似の高鳴りが抑えられない
→AmazonでBigsbyを探す →楽天市場でBigsbyを探すそして、この時の私はビグスビーの威風堂々たる姿こそが本質である、とそう信じこむことになったのでした。
つづく